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大阪高等裁判所 昭和26年(ラ)27号 決定

控告人 申立人 細谷武男

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は「原審判を取り消し、抗告人の名「武男」を「武彦」に変更することを許可する」旨の裁判を求め、その抗告理由は別紙のとおりである。

そこで考えてみる。抗告人の主張するような場合、すなわち当用漢字表にないために、やむを得ず子の名に用いなかつた文字が、その後人名用漢字別表に掲げられ、戸籍法施行規則の改正により、戸籍法第五十条の子の名に用いるべき常用平易な文字として扱われることになつたとしても、ただそれだけの理由では、名の変更につき戸籍法第百七条第二項にいう正当な事由に該当しないものと解すべきである。けだし名は人の社会生活上の自他の便宜と必要から個人につけられるものであり、それは名づけられた本人のものであると同時に社会のものである。一旦つけられた名は変更されないに越したことはないのであるが、ただ当人側に日常社会生活上変更しなければ具合の悪い事情などがあつて、変更の必要が感ぜられ、それが社会からみても納得できるものである場合に限り、名の変更は容認されるべきである。戸籍法第百七条が名の変更につき「正当な事由」を要するとした所以もそこにあるわけである。ところで昭和二十六年五月法務府令第九七号戸籍法施行規則の一部改正によつて、当用漢字、片かな又は平かな(変体がなを除く)の外に、同年五月内閣告示第一号人名用漢字別表に掲げられた「彦」の字を含む九十二字が、新たに同年五月二十五日以降、名に用いる常用平易な文字の範囲に加えられたが、このことそれ自体はあくまでこのとき以後に初めて名をつける場合や従前の名を変更する場合に、人名用漢字別表に掲げられた文字を使用してさしつかえないという使用文字の範囲の拡大を意味するだけであつて、人名用漢字別表に掲げられた文字を使用し得なかつたがために他の文字を用いてつけた名に、変更の必要性と正当性を与えるものでは全然ないのである。この人名用漢字の制定と右戸籍法施行規則の改正の結果、改正以後に出生届をする者は人名用漢字別表に掲げられた漢字を名に使用し得られるに反し、従前に届け出た出生者はこれを使用し得ないという差異は生ずるが、かようなことは法規の改変に伴う当然の結果であり、やむを得ないものといわねばならぬ。抗告人の両親が、抗告人の名として用いようとして用い得なかつた「武彦」の名に、この際変更したいという気持を抱くことを諒解できないことはないが、抗告人の法定代理人細谷東四郎本人の原審での供述によれば、抗告人の両親も現在まで抗告人を「武男」と呼び、現在この名では困るという格別の理由のないことが認められるのである。抗告人の主張する理由が、名の変更の「正当な事由」に該当しないことは既に述べたところにより明白であろう。

されば、抗告人の本件申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから主文のとおり決定する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

抗告理由

抗告人の両親は昭和二十四年五月一日出生した抗告人の命名につき熟考を重ね、かつ真言宗の住職にも相談した結果「武彦」を選名し出生届をしたところ、当用漢字外の故を以て返却され、愛児の将来に栄光あれと祈る至情から出た命名の自由に制約を受けた満ち足りない心境に置かれつつも、やむを得ず「武男」と命名して届出を了した次第である。しかるに昭和二十六年五月二十五日以降「彦」の字を含む九十二字が新たに人名用漢字として使用し得るようになつた。この法規の改変は抗告人の場合には抗告人の名「武男」を「武彦」に変更する正当の事由に該当すると信ずる。よつて本抗告に及んだ。

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